主人公ナオトの旅の風景に触れてみてください - 鉄を打ち鋼をつくる

ナオトは、大陸でさまざまなことを目にする。

馬や戦い、ラクダや交易、民族に文字。

ロクロといった道具。
 

なかでも、強い興味を持ったのが “ 製鉄 ” だった。
 

以下、写真と文章は『 紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る 』からの引用と抜粋を主にしてます。

若干の改行を施してあります。

━━━━ 『鳥狩りに出て鉄囲炉裏を見る』より抜粋 ━━━━
 

そのとき、突然、四人はほぼ同時に、丘の向こうに一筋の煙を見た。

エレグゼンの仲間のムンフが落ち着き払った声で言った。
 

「敵か?」

「違う」
 

エレグゼンが応えた。
 

「あれは烽火ではない。ゲルの煙でもない。鉄作りの焚火から上がる煙だ」

「鉄作りの焚火とはなんだ?」
 

ナオトが問うと、エレグゼンは黙した。

知らないのではない。

答えられないのだ。

━━━━ 『冬ごもり』』より抜粋 ━━━━
 

モンゴル高原の冬は寒い。
 

馬は強いが、ヒツジは寒さでやられる。

凍った地面に触れて手足を痛めるのは人も獣も同じだ。
 

この草原に深い積雪はまずないが、ちょっと気を抜くと、ヒツジの足先は霜と雪に焼けてだめになる。

畜獣にとってそれは死ぬということだ。

━━━━ 『トゥバの原を駆ける』より抜粋 ━━━━
 

騎乗するエレグゼンは左手に手綱を緩めに持ち、小枝を掴つかんだ右腕を曲げ伸ばししながら馬に合わせて動いている。
 

黒毛のゴウは、いよいよ、先に先にと伸ばす前脚を弾ませた。

突然はじまった早駆けに驚いたナオトは、次第に離されながら、悠然と走りを楽しんでいるふうのシルから振り落とされないようにと、それだけを考えていた。
 

シルに負担を掛けまいと体を立てて前方を見据え、手綱は両手で軽く握っている。

速さに対する恐れが次第に募ってくる。

━━━━ 『辺境の城、酒泉』より抜粋 ━━━━
 

十分な休みを取って、そろそろ動き出すかというときにナオトが訊いた。
 

「エレグゼン、支配してどうするのだ。匈奴も、漢も、それに烏孫も?」

「支配地からは、税をとる」

「ゼイか?」

「そうだ。税は、ある国ではムギの形をしている。コメや叩き布、毛皮や織物が税という国もある。丁零やトゥバの周りにある国は、長い間、鉄の板を税にしていたそうだ。女や男の奴隷を差し出す国もある。別の土地に行けば金だ。金は何でも他のものと交換できる」

「みなが金を欲しがるのはそのためか?」

「そうだ、おそらくな」

━━━━ 『メナヒム兄弟が勇名を馳せたジュンガル門』より抜粋 ━━━━
 

前を行くエレグゼンが振り向いて言った。
 

「いま渡ろうとしているこの一帯だが……」

「ジュンガル盆地のことか?」

「ああ……。このジュンガル盆地は、夏はいまよりもさらに暑く、しかし、冬は寒い。雪も積もる」

━━━━ 『オアシスの国ハミル』より抜粋 ━━━━
 

バザールに品物を並べる商人たちは、みな、ヨーゼフと同じような険しい顔付きをしていた。
 

上から下まで匈奴そのもののエレグゼンがソグド語を口にすると、誰もが驚いた。

一方、ナオトは耳で聞いた通りをそのまま口にしている。
 

たぶん、その響きがおかしかったのだろう。

どの商人も厳しい表情を崩して笑った。

そして、笑った分だけ親切だった。
 

必ず、「どこから来た?」と訊かれた。

「ソグド語はどこで覚えた?」と問う者もあった。

「ハンカの湖」「フヨの入り江」などと応えるのだが、知る者は誰もいない。

━━━━ 『砂鉄を焼くのに木炭が足りない』より抜粋 ━━━━

こうしてナオトの度外れた話は笑って無視された。

しかしその代わりに、エレグゼンが知恵を出した。
 

「この間は、元の炭窯近くに鉄窯を作って、そこで砂鉄を焼いた。しかし、いずれあそこではできなくなる。この間やってみてわかった。あの近くに木炭を大量に焼けるほどの木はない。ならば、ナオト、いまから出掛けて、吾らが見てきたあのトゥバの鉄窯のようなところを探そう。あのときお前が言っていたように、砂鉄が採れ、近くに森のある場所だ。そこに炭窯と鉄窯を新しく作ればいいだろう?」
 

それはそうだ……
 
 
・・・・・・ ものつくりを蔑む匈奴は、独自で鉄は作れない。

しかし戦いには鉄が必要。
 

一方のナオトは鉄をつくってみたい。

お互いの思惑が合わさった。

━━━━ 『ナオトとメナヒムの問答』より抜粋 ━━━━
 

「すると、鉄はここでも作れるのだな?」

「ただの鉄ならば山の端の鉄窯でいくらでも作れます。砂鉄や木炭などの材料はすべてここで揃います。鋼にならないものかと、三か所の違う砂鉄をわずかな量ですが焼いて試してみたところ、鉄はやはり熱して叩くと別のものに変わるようです。そのうち最後に作ったものがこれです」
 

そう言って、メナヒムに黒い小さな塊と鉄の小棒、それに、竹筒に入れた砂鉄を手渡した。

いつも枕元に置いてあるものだ。
 

「その塊が鋼の素です、おそらく」

「トゥバで手にしたものと同じようだな。すると、砂鉄からこのような鋼の素を作り、次に鋼まで鍛えるのはここでできるということか?」

━━━━ 『エレグゼンと作った鋼の板』より抜粋 ━━━━
 

冬の一日は短い。

雪は降っても積もらない。

風が鳴り、その分だけ寒い。
 

鉄囲炉裏の作業場は、火の粉で焦げないようにと泥を塗った杉の皮を木組みの上に並べ、端はしを細綱で留めて屋根にしている。
 

四辺は、横に渡した棒に杉の皮と叩き布を重ねて掛けただけのものだ。

朝、着いてすぐには寒さが堪こたえる。
 

しかし、炉の炭火と鎚を振るう激しい動きが、いつの間にか、それを忘れさせる。
 

ナオトが見たモンゴル高原の二度目の冬は、しんと静まり返った北ヒダカの雪深い冬とはまるで違っていた。

 
・・・・・・ 2度の冬を超えた紀元前90年8月。

ナオトは、匈奴の地で鋼の剣を完成させるに至る。
 

しかし、そのことで身に危険が迫る。

━━━━ 『鋼の秘密を守る』より抜粋 ━━━━
 

ナオトは、いまや、一人で鉄剣を作るまでになった。

エレグゼンの剣をはじめとして、すでに何振りもものにしている。
 

鉄剣作りの秘密はナオトとともにある。

それはどこにも漏らすわけにはいかない。

誰も、そのことを真剣に考えようとしない。
 

誰かがナオトを止めなければならない。

いまは、匈奴の国の危機といっていい。

ナオトが烏孫に行ったらどうなる。

剣の作り方が父の仇の烏孫に知れてしまうではないか。

━━━━ 『草原を行く』より抜粋 ━━━━

 
追っ手の五騎は、すでに追うのをやめていた。

「深追いはするな」と言われていたバトゥは、どう話すかと考えながら来た道をゆっくりと引き返した。


・・・・・・ ナオトは見逃された。
単騎で西へ向かう。
 
彼が目にする風景は、まだ続きます。

どこにいくのか、どうなるのか、なにを知るのか。

探している器は見つかるのか。
 

読み手は、いったん小休止です。

この物語を目にしたきっかけ

■ 主人公ナオトの旅の風景に触れてみてください

 - ヒダカから大陸へ渡る

 - 西へ進んで匈奴国へ

 - 鉄を打ち鋼をつくる

■ 物語の中で生きる人びと(制作中)